PMSと漢方とセルフケア

PMSと漢方とセルフケア

閉経前の女性であれば多かれ少なかれ悩まされるPMS(premenstrual syndrome:月経前症候群)
……精神神経症状から自律神経症状、身体的症状まで現れ方は様々。

毎月のことで、そのうえ病的なものでなくても個人差があって、人と悩みを共有できることもあるけれども理解されないこともある……となると、この時期の不快感を少しでも軽く乗り切るために、自分の身体にあったケアを自分でできるとよいですよね。

もちろんセルフケアで乗り切ることに拘って重大な病気の初期を見落としてしまっては本末転倒ですから、何か変わったことがあったら一度は病院を受診する……というのが前提ですが、それで「様子を見ましょう」と言われた場合は、自分にあった対処方法を見つけていく必要があります(何もしなければ、不快感は残念ながらそのままです……)。

西洋医学的視点から見たPMS

そもそもPMSとは何でしょうか。不快症状の生じる理由は西洋医学的にはわかっているのでしょうか――いいえ。

 “Syndrome”、症候群……という呼び名からわかる通り、これは「月経前に限定して様々な症状が起きる現象」であり、現在のところ、これらの症状が起きるはっきりした機序は明確にはわかっていません。

日本産婦人科学会の見解でも

女性ホルモンの変動が関わっていると考えられる。排卵から月経までの期間の後半(すなわち月経前)に卵胞ホルモンと黄体ホルモンが急激に低下し、脳内のホルモンや神経伝達物質の異常を引き起こすことがPMSの原因と考えられているが、脳内のホルモンや神経伝達物質はストレスなどの影響を受けるため、PMSは女性ホルモンの低下だけではなく多くの原因から起こると言われている
( https://www.jsog.or.jp/modules/diseases/index.php?content_id=13 より一部改変)

となっており女性ホルモンの量の変動が発端ではあるものの詳細なメカニズムは不明で個々人によって異なるものだ――と解釈できるものになっています。

また、私たちは往々にして「ホルモンバランスの乱れ」という言い方をしがちですが、この「月経前の急激な女性ホルモンの低下」は、それが刺激となって月経を誘発する大事なメカニズムなので、体内のホルモンが常に一定で安定していればいい、というわけでもないのです(もちろん、ホルモンの変動があまりに激しい、あるいは身体がホルモン量の変動の影響をあまりに受けやすいときは、ピル等でホルモン量を調節するという治療法が選択されることもあります)。

むしろ、女性の身体の機能が本来持っているリズムに、それ以外の“身体の中の情報伝達システム”がうまく対応できていない状態があることがPMSの原因、ともいえるかもしえれません。

東洋医学的視点から見たPMS

では、東洋医学的にPMSを解釈した場合はどうなるでしょうか。

東洋医学的には、PMSは気・血・水の鬱滞として考えられます。

東洋医学からみたPMS

そもそも気・血・水は完全に独立した概念ではなく“身体の中を巡るもの全体”をおおまかな特徴で三つに分けたとも考えられます。

ですので、どれかが滞ると他の要素も関連して滞ってきます。何から滞りが始まり、何の影響を強く受けるかは、その人の身体の状態(つまり東洋医学的にいうところの“証”)で異なりますが、ひとまず月経前には「月経の際に排出する血」をいったん溜めることになりますので血が滞り、瘀血傾向はかならず生じます。

瘀血の影響がストレートに出る人(下腹の痛みが出やすくなる、胸が張る等)もいれば、血は温かい気を内包していることから、症状が熱の滞りとなって強く出る人(ほてり、便秘など)もいます。

液体である血が滞るのに伴って水の滞りが強く出る人(むくみやすくなる等)もいれば、滞った血が気の巡りを邪魔することで生じる気滞の影響を強く受ける人(落ち込みやすくなる等)、さらには滞った気に熱が絡んで逆上する人(苛立ちやすい、攻撃的になる等)もいる、というわけです。

pmsと漢方

滞りのタイプや症状についてはここでは非常にシンプルに説明しましたが、実際にはもちろん、もっと様々な状態が起きています。が、原因は「月経がある以上避けては通れない、必ず生じる血の滞り」であり、その影響が身体の状態によりさまざまな不快症状となって現れる、とまとめることができます。

ですから、セルフケアは基本的に“様々な滞りを取る、巡らせる”ということになります。

漢方とPMSのセルフケア

基本的に身体を冷やさない

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月経前、身体はあたたかな血を溜めこみます。そのことでほてりやすくなり、冷たいものに触れたい、冷たいものを口にしたいと感じることも出てきます。

が、そもそも身体は温かいものであり、さらにはその後に訪れる月経では、ため込んだ血と共に熱が一気に出てゆきます。

その際に冷えていると痛みが強くなったりします。とはいえ、ほてって気持ち悪いのは辛いものです。その際はほてりを感じる局所の表面の熱だけを取るようにしましょう。

冷たいものを口にするとひんやりとして美味しく感じますが、ほどほどに留めたほうがよいでしょう。

「冷たいものを飲食しても消化管を通過していくうちに温まるから“冷たいものを食べると冷える”は非科学的」という意見もありますが、食道や胃くらいまでは口にしたときの温度の影響がありますし、“冷たい飲食物を体温まで温める”ことを繰り返しおこなうのは胃にとってもストレスになり、それが蓄積してゆくと、月経前の身体の変動に耐えられなくなって不快症状が生じてきます(逆に、冷たいものと温かいものを交互に飲食することで比較的このダメージは抑えられますので、バランスがそこそことれていれば大丈夫とも言えます――が、私たちの行動を改めて見直してみると、何かしらそれなりに偏っていることが多いのです)。

東洋医学的な「冷え」はストレートな温度変化というよりも「冷やすことが発端となって生じる“快適な状態の維持に不利にはたらく変化”全体」を指していると考えるのが適切でしょう。というわけで、身体を冷やさないように――身体の深部に影響を及ぼしそうな冷やし方は避けるようにしましょう。

よい香りを嗅ぐ

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血の滞りは気の滞りにつながっていきます。気・血・水は互いに関連しながら巡っていますので、どこかが滞ると他の要素もそれに巻き込まれるように滞っていくのです。

滞った気の巡りを促すのが、実は「よい香り」です。においの刺激は脳の嗅覚野以外の部分にも直接影響を及ぼすことができますし(その性質を利用してアロマテラピーなどが行なわれています)、東洋医学的にも精油成分を多く含む、すなわち“よい香りのする”生薬は“理気剤(気を整える薬)”として用いられています。

とはいえ、においへの感覚はとても個人的なものなので、あまり広範囲を巻き込むものではなく“よい香りのお茶を飲んだりハーブを使った料理を食べたりする”“よい香りの化粧品を使う”“よい香りの入浴剤を使ってゆっくりお風呂に浸かる”などがお勧めです。

眠いけれど起きないといけない時には濃いコーヒー…と思われがちですが、よい香りのお茶を口にすることでもすっきりとした目覚めの感覚を得ることができます。これは香りによって鬱滞していた気が巡りだしたからとも言えるでしょう。

お風呂に浸かるのは身体を温めて血の巡りも促しますので一石で二鳥三鳥の効果が期待できます。“香り”の有効活用は巡りの強化につながりますので、PMSの時だけでなく普段から意識することで“巡りのいい身体”を作ることができると考えられます。

軽い運動やマッサージ


既にこのマガジン内でも紹介されていますが、身体を動かすことは“滞った状態を物理的に動かすこと”であり、ダイレクトな効果が期待できます。

PMSで身体がだるくて動くどころではない、というときは、おだやかなストレッチやマッサージ、ツボ押しなどでも構いません(これらは運動することそのものがストレスになる、という状態も起きにくいので、気が滞って何をする気にもならない場合でも、これくらいはやってみてもよいのではないでしょうか)。

時間と体力に余裕があればウォーキングもお勧めです。ちょっと速足でほんのり汗ばむ程度まで負荷をかけられれば、水滞の状態への刺激にもなります。寒いので外に出たくないという方はゆるやかなヨガなども検討してみるとよいでしょう。

それでもすっきりしないなら漢方薬を

これまで紹介した3つのセルフケアは、いずれも「ごく日常的なこと」です。そしてPMSの時に意識的に行なってもよいですが、普段からなんとなく心がけることで「巡りのいい身体」を整えることが期待できます。

ただ、それでもすっきりしない場合は、身体のバランスが大きく崩れていると考えられるので、漢方薬の使用も検討してみて下さい。

婦人科疾患の御三家ともいえるのが

です。

当帰芍薬散は、冷えが強くそもそも気虚・血虚の状態である人に使用します。血がもともと虚しているため、それが滞ると熱がこもるというよりは“血が行き届かなくなるところが冷える”のが特徴です。

加味逍遙散は当帰芍薬散証の人よりは体力があるため、血の滞りによって気や熱や水の滞りがランダムに生じ、たまにちょっとした気逆が生じることもあり、その一方でどこかで何かが滞ったことによりそれが行き届かなくる箇所ではまた違った不調が起きるというタイプ――すなわち不定愁訴が多い人に適する漢方薬です。

桂枝茯苓丸は瘀血が強く、それによって身体に熱や水がこもった感じになって、ほてりやのぼせ、浮腫み、苛立ちなどを強く感じるタイプに適する漢方薬です。さらに熱の滞りが強く腸内で熱がこもって便秘を誘発するような場合には、桂枝茯苓丸ではなく下剤である大黄が配合された桃核承気湯(とうかくじょうきとう)が適するようになります。

pmsと漢方薬

このように、「婦人科疾患に使用する漢方薬」とひとことでいっても、適するものは人によって異なります。セルフケアでどうもすっきりしない、漢方薬を使ってみようか…と思ったら、一度は漢方医の診断を受けて自分の証や適した漢方薬について聞いておくのがお勧めです。

あるいは品ぞろえのいい薬局に行って、さまざまな漢方薬を見比べ、できれば薬剤師のアドバイスも聞きながら、ご自身に最も適するものを選んでみて下さい。

PMSの根本原因は「月経があること」そのものです。それに身体がどう反応するかで症状の現れ方が違ってきます。その時期を少しでも快適に乗り切るためには、まずは身体を整え、心地いい日常を目指してみて下さい。

糸数七重

糸数七重

日本薬科大学漢方薬学分野講師/日本薬科大学漢方アロマコースサブディレクター/薬剤師

専門は漢方・中医学等を中心とした統合医療。大学受験時の不調を漢方薬に救われて以来、伝統医学の奥深さに惹かれる。現在は本務校と台湾・台中の中国医薬大学を往復しながら、その研究・教育に携わっている。

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